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胸襟を少しだけ開きたい

大学生が考えたことをつらつら書いていくブログ。本日の昼食から留学生活、勉強法から料理まで手広くカバー。

Enjoy thinking!

L'homme n'est qu'un roseau, le plus faible de la nature, mais c'est un roseau pensant.

ニュアンスって大事

最近花粉症と寒さで大きなダメージを受けています。皆さまいかがお過ごしでしょうか。

さて今回は言葉のニュアンスについて書きたいと思います。というのも、先日このような記事を読んだのがきっかけです。

www.huffingtonpost.jp

まず「忖度」という言葉自体が馴染みの薄い言葉ですが、これを英訳しようとすると非常に難しいらしいです。言葉の持っている意味というか表している範囲となるだけ近い形で言い換える作業は骨が折れます。

忖度という言葉は置いておいても、日常使われる程度の表現でもこういう事態は起こり得ます。例えば「言う」みたいなシンプルなワードだとわかりやすいです。英訳する時にどの言葉をあてると適切か、なかなか難しいと思います。sayとかspeakみたいな単語もありますし、主張するという雰囲気があるならclaimやmention、何かを示すとか示唆する雰囲気であればindicateとかsuggestとかでしょうか。私は英語ができないのであまり自信はありませんが、まあ訳語がたくさんあるのは自明でしょう。

このように、言葉の変換によって意味が変わってくる場合があります。これが起こってしまうのは、翻訳が次のような段階を踏むからだと思います。

  1. (発信者)言いたいイメージや意図の言語化
  2. (翻訳者)発信された言語からイメージや意図を推測
  3. (翻訳者)推測されたイメージを言語化
  4. (受信者)翻訳された言語からイメージや意図を推測

当たり前ですが、翻訳者が間に入ることで二回推測が生じます。従って、元々発信者の考えていることからずれることも大いにあり得るわけです。そして、言語が違うということは、各々が抱えている文化も異なるということです。背景や文化の違いも推測にぶれを生じさせます。

ここで注意すべきだと感じることは、翻訳者の意図によって発信者のニュアンスを変えることができ得るということです。肯定的な表現をやや批判的なニュアンスに変えることなども場合によってはできると思います。

昨夏のオリンピックで、黒人選手のインタビュー記事を何かのメディアで読みましたが、一人称が俺でした。例えば彼らが英語を話しているとして、"I"と言っていたと考えると、一人称の訳し方は色々あるわけです。日本では公的な場所では私という表現を使うことが基本だと思います。すると日本の選手の記事では私と書かれるでしょう。まあ話し方とかそういうので判断しているとは思いますが、意図的に砕けた表現を使う人だと印象づけるためにそう書くことも可能になります。

従って、本当に自分で判断する必要がある場合は原著や原文にあたる必要があります。そうすることで仲介者のイメージやバイアスを取り除くことができ、自分の考えのみで文章にあたることができるからです。しかし世界中に様々な種類の言語がある世の中、それをすべて原文で読むなんて不可能だと思います。そういう視点で考えると、せめて英語くらいは使える必要があるのではないかと感じます。

悪意のある編集に騙されないためにも、語学力は必要なんだなあと思いました。